下平慧の近況報告

下平慧
東北大学工学研究科 技術社会システム専攻 中田研究室在籍

近況の報告

私は、東北大学工学研究科修士課程の学生であり、2005年度8月よりAITにて交換留学生として勉強している。AITに来てわずか2ヶ月であるので、私には「経験談」として話せることはまだ少ない。が、この短期間で得た個人的な述べていきたいと思う。私の近況報告が日本政府や大学の関係者の方々、そしてAITでの勉学を希望される学生がAITを知る上での一助となれば、望外の喜びである。とは書いたものの、所詮は一学生の感想文にすぎないので、多少割り引いて読んでいただきたい。

AITの生活環境

「交換留学生は寮に住めない」という変な規則によって、私は学生寮ではなく「シャトー」という大学から1km程離れた場所にあるアパートに暮らすことになった。この「シャトー」、部屋にはエアコン、冷蔵庫、BS(CNN, BBC, NHK, その他、娯楽チャンネル)が見れるテレビがあり、セキュリティーも一応おり、さらにプールとトレーニングジムまで備え付けた非常に贅沢な環境であった。それでいて月3,000バーツ(約1万円)という料金には驚いてしまった。日本では貧乏学生であった私が、タイでは高級セレブになってしまったのである。ただし、フロントのおばさんには英語がほとんど通じない。

シャトーからAITには毎日往復のシャトルバスが運行されているが、本数が少なく最終便は8時とずいぶん早い。どうやら、「予算削減」のしわ寄せがこういうところに現れているようだ。私はいつもバスを乗り過ごしてしまい、当初は行き帰りにタクシーを利用していた。が、これは明らかに経済的でない。そこで、私は自転車を購入して、毎朝炎天下の中、汗を掻きながら学校に行っていた。おかげで真っ黒に日焼けした。ちなみに、AIT付近の道路は常に車がビュンビュンと時速80キロ位のスピードでかっとばしている。しかも、私の通学時は通勤ラッシュでものすごい交通量である。正直、生きた心地がしなかった。今思い出しても、よくあんなことをしていたものである。

勉学に不便であること、毎日が危険と隣り合わせであることを理由に、学生寮に住みたいと学生住宅事務(SAO)に何度も文句を言いに行った。が、毎回のように冷たくあしらわれた。態度が非常に官僚的で(というと外務省職員の方々に失礼であるが)、自分の仕事の範囲を勝手に区切って、それ以外には何の関心も示さないのである。「私たちの問題をあなたの上司に伝えてくれ」と懇願しても、「自分でやれ」と言って全く相手にしない。たかだかメールを一通送るだけなのにである。真に怒り心頭、不愉快この上ない経験であった。願わくば、日本政府の方々には、是非ともAITの人事に「建設的に関与」された上、このようなやる気のない職員を一掃することで、もって「国際社会(AIT)の発展に貢献」して頂きたいものだと、個人的な恨み節をこめて願ってやまない。

思いがけず学生寮に空室が生じたので、現在私は学内の「スタンダードドーム」に暮らしている。ただし、「スタンダード」とは名ばかりで、建物自体は1960年代の遺物である。噂では「資金難で建て替えが困難」とのことである。この場をお借りして、日本政府関係者の方々には、是非とも学生寮を日本政府の援助で新築して頂けるよう要望したい。確実に親日家が生まれることは間違いないですよ。住民である私が保証します。でも、「住めば都」という言葉が貧弱な生活環境を正当化するのに繰り返し用いられるように、とりあえず住んでみればなんとかなるものである。近所の人々とも仲良くなり、気が向いたときに友人が部屋に訪ねてくることもある。彼らの好意は真に喜ばしい限りである。一方で、夜にはおびただしい数の蚊が私の部屋を訪ねてくる。こちらの好意は不要である。

AITの授業

私はAITの”School of Environment, Resources and Development”にある”energy”という学科で勉強している。AITは二学期制で、8月と1月にセメスターが始まる。特徴的なのは、授業が50分授業で1週間に3コマあること、1セメスター中に、中間試験と期末試験があることである。これは、はっきり言ってきつい。そして、”Assignment”が頻繁に出され、その度に学生は悲鳴をあげることになる。やっとのことでAssignmentを仕上げると、今度は試験シーズン到来である。有り難い限りだ。先日にも中間試験があった。というわけで、AITの学生は非常によく勉強しているというのが私の見た感想である。

さて、肝心なのは私自身の授業への取り組みである。当初は英語が全然分からなくて授業に付いていけるか不安であったが、徐々に耳が慣れ、今では相手が何を言ってるのか大体分かるようになった。だが、英語を理解しようとがんばっていると自然に眠くなってしまうことがしばしばある。このため、私は授業中何度もうとうととしてしまい、クラスで有名になってしまった。そして、「なんだよ、日本の学生ってのは授業中寝るのかい?」と友人に笑いの種にされてしまった。これは、まずい。汚名挽回の為、私は毎日図書館に通い、昼から閉館時間の深夜1時まで必死に勉強した。たぶん、大学に入ってから最も勉強したのではなかろうか。日本にいたときは面倒臭い事からは逃げてばかりいた私であるが、なぜかAITに来てからは妙に負けず嫌いになった。ところで、中間試験の結果であるが・・・、勉強した割にはぱっとしなかった。自分の出来の悪さが国際的にも保証されたわけである。でも、落ち込んでいてもしょうがないので、前向きにがんばりたいものである。

AITに在籍することの意義

AITに来てから日が浅いが、おそらくAITに在籍する意義とは、月並みであるが次の二点に大別されるのではないだろうか。

国際的な人脈の育成

人間関係とは、どんな環境においても最重要課題だ。これは基本中の基本である。幸運なことに、私はAITに来てから良い人間関係に恵まれた。彼らの国籍はタイ人、ベトナム人、ラオス人、フィリピン人、バングラディッシュ人など様々である。さて、普段彼らと何を話しているかというと・・・、日本と程度は変わらず低レベルな話題が多い。特に同姓間ではなおさらである。私の人間性が低俗なのか、それとも彼らがそういう話題が好きなのかは定かではないが、やはり人間、どこへ行っても本質的な所は同じなのではないかと感じる。いつも政治や経済や文化の話をしているわけではないのである。もちろん、ごくまれにはするのだけれども。

しかし、こんな友人たちであるが、実は母国で政府職員だったり、大学教員だったり、国有企業の社員だったりする。そういう人たちと肩を並べて勉強して、どうでもいい話に花を咲かせる。おそらく、私の人生において唯一無二の経験ではないかと思う。ごく平凡な学生で先行き不透明な私に比べ、彼らの将来は保証されている。願わくば、今後とも関係を持続させていくことで、近い未来出世した彼らにあやかって私も甘い汁を吸いたいものだと勝手に未来予想図を思い描いている。もちろんこれは冗談だが、AITで得た人間関係を持続していくことが、私の人生にとって貴重な財産になるであろうことは想像に難くない。

国際的な視野の涵養

AITは国際的な大学である。国籍・バックグラウンドも様々な環境で勉強することは非常に良い刺激となっている。ここで強調しておきたいのは、AITが発展途上国の視点に立った大学ということである。日本の大学では軽く流される程度の「持続可能な発展」がAITでは中心的課題なのである。AITに生活し友人達と議論していると、普段意識していなかった先進国と発展途上国の格差が実感できる。すると、これまで当たり前だと感じていた日本が違った角度から見えてくるのである。この点、AITに留学することは非常に有意義である。とりわけ、工学系の学生にはAITに留学することを強くお勧めする。なぜなら、日本では勝手に一人歩きしている「テクノロジー」が、実は社会や人々の生活環境と密接に関係していることが分かり、それによって人間社会全般に対して洞察を深めることができるからである。

以上が私の近況報告である。長文駄文で誠に申し訳ないが、AITでの学生生活が多少は垣間見れたのではないだろうか。タイは年中暖かい。毎日がとろけるようである。年末に一時帰国する予定だが、日本の寒さに身が耐えられるかどうか今から心配している。


[AITでの活動報告]
須崎純一 京都大学大学院 工学研究科社会基盤工学専攻 空間情報学講座