日下部京子の近況報告

日下部京子
ジェンダーと開発専攻

AITの意義

AITは、1950年代、外国の大学に行くことが非常に困難であった時期、また、国内の大学教育がまだ整備されていない時代に、アジア地域における人材育成を目的として設立された。アジア地域の人材育成・発展に貢献するという設立当初の目的は、今でも受け継がれている。しかし、アジア各国の大学教育が整備されてきている中、AITの役割が問われ直されている。AITで学び、働いていて思うことは、AITが国立大学の代替をしているのではなく、独特の役割を担っていることである。私は、1990年より、学生、助手、教官と違った立場でAITと関わってきたが、その経験と観察に基づいて考えた時、AITの意義は大きく以下の3つがあげられると思う。

(1) Inter-disciplinarity (既存の専攻を超えた新しい専攻の創造)

AITは、比較的小さな高等教育機関であるとともに、実践に非常に大きなウェイトをおく文化をもっている。これは、AITが常に外部の援助金によって運営されてきたことによってうまれた文化で、地域の役に立たなくては、存在意義がないという価値観が強くあるように思われる。現場における問題は、一つの専攻で解決できるものではなく、さまざまな専門の人々が集まることでより有効な解決策が生まれる。近年とみに開発の現場で、工学・社会科学を含めた多角的な視点をもったアプローチが重視されている。AITは、もともと、このような多角的アプローチがしやすい環境がある。学生が、ほかの専攻のコースをとることは、比較的容易であるし、また実際に多くの学生が専攻外の講義を履修している。また、論文の審査委員会も、専攻外からの教官をいれることが義務づけられている。小さな機関であるために、専攻を超えて、教官同士が知り合う機会が多く、一緒に研究プロポーザルを書く機会もある。ジェンダーと開発専攻では、すでに水産、都市開発、農村開発、自然資源などの専攻と共同で研究・活動、またプロポーザル作成にたずさわったことがある。専攻外の分野の人たちとともに働くことによって、今までにない視点や考え方を学ぶことが多い。このようなInter-disciplinarityによって、新しい分野の学問を立ち上げていく可能性がAITにはあると思われる。

ジェンダーと開発学は、いまだにアジアの中では珍しい専攻であり、現場のニーズがあるわりには、専門家養成機関が少ない。女性学、開発学を教えるところはあっても、ジェンダーと開発という形で、ジェンダーの視点から開発学を構築しているところは、アジアでは、AITとフィリピン国立大学にしかないといえる。このように、AITは、分野を超え、また地域のニーズに敏感になることで、他の大学にはない専攻を生み出し、広げていく役割と可能性をもっているといえる。

(2) アジア地域からの視点

これは、特に社会科学でいえることかもしれないが、往々にして、理論は西洋主導であり、アジアという地域から、その理論に挑戦し、再構築していく過程や機会がなかなかない。アジアの多くの学者は、西洋で学び、そこで学んだことを、アジアで教えている。アジアから発する知識や理論はどのようにすれば生まれるだろうか。民主主義、人権、平等というコンセプトを西洋の考え方でアジアにはあてはまらないと、一蹴されないようなアジアの歴史的経験に基づいた人権のコンセプトを構築するにはどうすればいいのだろうか。AITは、このようなアジアの現場からの理論構築に貢献する役割と義務があると思う。アジアの各国の研究者・実践者がつどい、議論する場を作ることが大切で、アジア地域の高等教育機関であるAITは、格好の場であると思われる。今のAITにこれができているかというと、疑問だが、このような可能性をもった機関は、アジアにたくさんあるわけではなく、だからこそ、AITでがんばる意義があると思う。

(3) ネットワーク

AITの卒業生は、アジア各国の中堅で活躍する人が多い。このレベルの人たちは、実際に仕事をする人たちであると同時に、組織全体に影響を及ぼす決定にも関われる人たちである。カナダのCIDAは、AITのこのネットワークに目をつけ、このネットワークを通して東南アジアの都市環境政策に影響を及ぼすことを目的としたプロジェクトを支援している。AITでの教育と卒業生とのつながりは、アジアにおける政策と教育に影響を与える大切な手段であるといえる。個人的にも、AITで学ぶ、または働くことで得られる人的ネットワークは計り知れないものがある。


[AITでの活動報告]
須崎純一 京都大学大学院 工学研究科社会基盤工学専攻 空間情報学講座