池島耕の近況報告

近況の報告

私は2003年2月にAITのAquaculture and Aquatic Resources Management (AARM) Field of Studyに赴任した。AARMは日本の大学でいえば,水産学科・専攻に相当する。また,AITにはField of Studyとは別に,いくつものField of Study をまたがるInterdisciplinary Programs (学際的なプログラム)の1つとして,総合(統合)沿岸管理(Integrated Tropical Coastal Zone Management; ITCZM)分野が設置されており,私はこのITCZMの運営にも携わっている。 赴任してからの2年8ヶ月は,ほとんど振り返る余裕も無いままにあっという間に過ぎたというのが実感である。 

AITでは,学生の履修しなければならない講義の単位数が多く,逆に言えば教員の担当講義が多く,私の場合は現在年間で6つの講義課目を担当している。この中には,本来の私の専門分野ではないものも含まれており,2年以上経てもまだ新しい担当講義の準備にかなりの時間を割かなければいけないという状況である。講義以外に修士・博士課程の学生の研究指導は最も主要な仕事のひとつである。もともと私の専門は水産資源生物学,あるいは水産生態学であるが,AITでは managementについての関心が強い学生が多く,研究指導の場面でも新たに学ばなければならないことが多い。

研究では,私の主な研究対象である熱帯の沿岸環境,とくにマングローブ林や藻場などの調査対象地にアクセスしやすいことがAITに在籍している大きな利点であり,それがAITに来た大きな理由のひとつであるが,実際には研究に十分に時間が取れないことが悩みである。それでも赴任してからも継続的な調査を続け,少しずつ調査地域や調査対象を広げることが出来た。また,私の所属分野の研究設備はお世辞にも充実しているとは言いがたいが,幸いわたしの主な研究は現場における標本の採集が最も制約を受ける部分で,研究室での解析は比較的簡単な機材で間に合うものが多いことや,日本からの支援もいただいて設備面では何とか制約を受けずに研究を続けることが出来ている。しかしAITでは生態学的な研究についての研究資金獲得の機会が少ないのは苦しいところである。

AITに在籍することの意義

近況の報告では少々悩みが多いように書いてしまったが,もちろん苦しいことの多くは貴重な経験の材料でもある。たとえば,資源生物学でも生態学でも研究目的やその成果が研究の枠の中に閉じこもりがちになることがあるが,AITではいつもその知識が資源の管理や保全にどのように役に立つのか,という視点が求められている。私自身,資源の管理や保全についての社会科学的な視点からのアプローチはほとんど敬遠していたが,ここではそれに関わることは避けられず,私自身の視点を広げることになったと感じている。学生の指導でも,少なくとも私の携わっている分野では,すでに政府機関,大学あるいは開発プロジェクトで水産資源や沿岸の管理について関わってきた学生が多く,その多くは卒業後その職務に戻るか,同様な職に付くことが多い。また,彼らの多くは母国でそれまでに学んできたこととは違う教育にAITで始めて触れる場合も多いと思われる。例えば,講義で得た情報を記憶することよりも,得た知識をもとに新たな情報を解析することを求められることが無かった学生は多いようである。従って,AITで教えることは,日本の大学院で教えるよりも,学生のその後により大きく影響をあたえる機会が多いのではないかと感じている。

AITにおける国籍の多様性は日本の大学の1学科(専攻)ましてや1研究室ではとても得がたいものである。また,各国の学生がひとつの教室で学ぶ様子から彼らの間での国民性の違いが浮き彫りになり,彼らがその問題をどう対応していくかを見ながら,こちらも手助けをしようとしたりする。これもAIT以外では経験しがたいもののひとつではないかと思われる。もちろん,この間に広がる多様な人脈も広がる。

私の場合は,これまでとくに日本とのつながりのほとんど無かった水産学関連の分野の教員公募に応募してAITに飛び込んだので,特に日本から何かの任務を持ってAITにきているのではないが,それでも学生と接していると,自分が学生の抱く日本人や日本という国についてのイメージにどれほど強く影響するかを感じる。AITで日本人の教員が教育に貢献することは,日本の国に長い目で見て大きな利益があるはずである。少し話がそれてしまうが,海外に在籍する日本人研究者が日本の研究資金に応募できる機会は非常に限られているように思う。海外での研究教育に携わる日本人への研究・教育活動への助成は国レベルの利益を考えると大変安上がりであると思うのだが。

AITは組織としては,ごく小さな国際機関であり,各教員は教育の現場から運営まで様々な場面に直接的にかかわる。そのために研究に十分な時間を取れないというマイナス面はあるが,大学の教員としては貴重な経験を積むことが出来ていると感じている。


[AITでの活動報告]
須崎純一 京都大学大学院 工学研究科社会基盤工学専攻 空間情報学講座